メソッド演技とは
型。つまりせりふを抑揚で意味づけしたり、外見の動きで演技を説明したりせず、
内面的な精神を大切にする演技技法です。
メソッド演技がリアルである理由は、役の行動が内面の衝動を生むことにあり、
人生の経験(内的資源)を本能的に使うテクニックです。
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行動やせりふは、俳優が登場人物として投げ込まれた 状況から派生するものです。 暗記したせりふをどのように言おうかなどと考えるのは 間違いです。 スタニスラフスキー ★『与えられた状況』について多くの方から質問 がありましたのでお答えします。 この“与えられた状況”をどう構築するのか、が 俳優の仕事であり、名優の技です……、 一度に「与えられた状況」に自分を置く事は大変 危険ですし……また、そう たやすく 置けるもので はありません。 台本を読んだときの状況はイメージ、先入観であって 具体的なものではなく、俳優の役にはたちません。 一般の人が戯曲を読むのでしたら、かまいませんが ……。 スタニスラフスキーのメソッド演技を本などで読んだ方 は、この先入観を『与えられた状況』と勘違いしてしまう のです。 俳優の仕事とは具体的な作業です。 では、どうするのか? 『行動でする分析』を使うのです。 「今日は、暑いね」と言えば、 本当の暑さを感じる作業です。 台本は作者が書いた、いわば他人の状況です。 それを、自分の行動で状況を経験してみるのです。 台本の外面的事実、事件を理解したら、台本の イメージを捨て去ることから始まります。 「ニューヨークに行きたいな!」 と言うせりふがあるとします。 まず、役ではなく今の自分の生活の状況を考えます。 「今、『もし』、自分が、ニューヨークに、行けるのなら、 どういう行動をとるだろう?」 「いや、ニューヨークに行きたいけど、○月に舞台が あるから、行けないや」 その、実人生の状況で、 「ニューヨークに行きたいな!」と、せりふを言ってみ ます。 これは真実の感情でせりふを言ったことになります。 でも、役に近づくためにはどんな行動を取れば良いの か? 台本には、恋人に振られた主人公が寂しさをまぎらわす ために、昔から行ってみたかったニューヨークに行き たい……と書かれていたとします。 「私は恋人に振られて、何処かの外国へ行きたいのな ら、ハワイの方がいいな……」と考えたとして、 「よし、ニューヨークをハワイと思って、せりふ を言って 見よう!」 これを『置き換え』といい、多くのメソッド俳優が使ってい ますが、しかし、俳優として嘘をついていることなので、 『与えられた状況』の構築が崩れ去り、状況の把握が でたらめなものとなります。 ハワイとニューヨークでは環境も気候も違います。 ニューヨークはニューヨークなのです。 言った せりふ のニュアンスも微妙に違ったものに なってしまいます。 ここで、彼方は実際に知っている……素敵な夫婦、 恋人同士を何組か選び(想像でも良いです)、 全てのカップルがニューヨークでめぐり合って幸福に なっていると想像するのです。 (このことは台本の何処にも書いてありません) 書いてないものが信じられないと言い人は、 “作者が書いたのだけれど、脚本上の都合で台本から 削除してしまった” とすれば信じられます。 但し、この設定の条件として、彼方を『駆り立てる』ほど のものでなくてはいけません。 感情が来ない場合は、他の『駆り立てる』前提を探して 下さい。 ★この作業を『正当化』と言います。 (『与えられた状況』の構築には、 魔法の『もし』も多様するのこともあるですが、 『もし』の説明はかなり長くなるので後日) 話を戻します、 但し、「ニューヨークに行くと、必ず素敵な恋人に めぐり合える」とか「億万長者になれる」とかで、 『駆り立て』られても使ってはいけません……。 これを『神頼み』と言って、 『与えれれた状況』に入れると、 また不具合が起こります。 この様に役を『掘り下げ』て行き、ゆっくり状況を創る のです。 ある事件を刑事が追うように、台本に書かれた状況を ヒントに日々事件(台本)を明確のして行くのです。 法則としては小さな事件は大きな事件に呑みこまれて 行くのです。 風邪を引いて、風邪薬を飲んだ人が、これから「危険な 仕事をしなければならないとき」 風邪薬を飲むときには、「危険な仕事の不安に」飲み 込まれている訳です。 しかし、「風邪の病状がどんなものか、風邪薬を手に入 れるためにどんな行動をとったのか」を明確に作って あれば……、 薬を手にしたとき、不安で満ちた脳裏に自然発生的に 『埋めた』ものは想起され、そこには何らかの複雑な 演技が派生します。 このような『身体的行動』は台本の中に数多くあります。 ですが、ここで全て明確にする訳ではありません。 ここが名優との分かれ道です。 「与えられた状況」をまず、自分自身の行動でやってみ て、次に役の行動にして行く……。 さらに、自分の作った状況が今度は相手役と対決する のです。 机の上で、仕上げた『与えられた状況』を今度は、生身 の相手役を使って『行動でする分析』を開始するの です。 そこには机上の空論ではなく、生きた衝動が派生しま す。 今、ここで始めて『演劇が誕生』するのです。 このときに『演技プラン』など考えてはいけません。 演技プランはこれから未知の結果が生まれようと するチャンスを制約してしまいます。 家で練習した せりふ を「これでよし!」と決めて稽古場 や現場で言う……。 これを、『スタンプ』と言います。 家で作った はんこ を紙におす様な演技をすることです。 演技は一人では作れません、相手がいるのです。 朝、「おはよう」と挨拶する言葉も、相手によって内面に 違った衝動が起きるのと一緒です。 現場で、せりふ を言い、『あ、家で練習したのと違う!』 などと考えているのは演技ではありません。 結果は、自然に派生するのです。 これが、いつしか『スコア(譜面)』になり、新たな…… 『与えられた状況』が確立されるのです。 この、相手を使った『行動でする分析』を繰り返す日々 において、今まで『無の状態』だったものが明確になっ てきます。 大切なことは『無の状態』のところを、全て明確にしよう と焦らないことです。 分からない箇所は『ほったらかして』置いて良いのです。 なぜなら、『無の状態』の部分に“焦る”行動が埋まって しまうからです。 自分が不安に思う場面にくると “嫌だな!” という感情が沸いてくる経験をしたことがありますよね ……。 “嫌だな” を埋めてしまった結果です。 しかし、また、あなたが『埋めた』課題が想起した……、 証拠でもあるのです。 ね、以前から彼方は『埋める』経験をしていたのです。 実は……緊張するのも、この『埋める』が犯人です。 ある名優が楽日に、『無の状態』を獲得し、喜んだという 話もあります。 舞台の場合、日々繰り返し稽古をし、また本番も繰り 返しが続き、『埋めた』身体的行動は風化して行き、 使えなくなります。 そんな時、『衛生』を使います。衛生とは“せいけつ”に する衛生です。埋めたものを作り替えるのです。 課題にも 賞味期限 があるのです。 課題を『絡める』時もあります。 相手のせりふに からめる と言う意味です。 相手が「雅夫さんが、宝くじに当ったんだってさ」 このせりふに『絡める』のです。“雅夫の喜んでいる顔” が浮かびあがるのか“彼の貧しかった暮らしが”想起 されるのか……それは『絡めた』彼方しだいです。 相手の“せりふを観る”……。せりふは聴くだけではな く、同時に観ているのです。 職業、時代考証などは役の『人間の生活』が築か れた後の作業です。 大変な作業でしょ! ですから、日々たゆまない訓練を続ける訳です。 実は、これが楽しいのですよね。 さらにこれに「超・超課題」と言うものが入ります。 この、「超・超課題」が全ての元です。 私からメソッド演技を習った何人かのレッスン生が、 現在、スタジオや事務所関係で演技指導をしています。 彼らもなた、研究を続けメソッド演技を発展させていま す。 “これが本当の演技だ! メソッドだ!”などという 演技技法(モデル)はありません。もし、そんなものが あったら演劇は廃れてなくなってしまいます。 リー・ストラスバーグもステラ・アドラも他の著名な 主導者も、 『スタニスラフスキーのメソッド演技』を 自分なりに発展させたのです。 もし、スタニスラフスキーが今生きていたら、もっともっと 違う演技技法を私たちに提供してくれているでしょう。 しかし、私がそのメソッド演技に 飛び込むか は分かり ませんが……。 演劇を志す人は自分の好きな演技スタイルを学べば 良いのです。 リアルである必要もありません。 リアルのみを追求するあまり、演劇そのものを見失う 俳優ではいけません。 ★演技は……観て、 ・分からない演技 ・分かるけど信じられない演技 ・信じられる演技 この、『信じられる演技』を手に入れることです。 言っておきますが“プロの観察眼”を持って観ての、 『信じられる演技』ですよ。 アマチュアの ぬるい 映画鑑賞の話ではありません。 『そんな演技をどうやって手に入れるのだ?』と、 思いますよね……実は簡単なことです。 『内的信』と言う作業です。 「私の今やっている演技……お客さんは信じている のだろうか?」などと、心配することはありません。 自分のやっていることを……信じていれば出来ること なのです……、 『自分が信じていれば、観客も信じてくれる』のです。 『内的信』 この『信じられる演技』は別にメソッド演技でなくて 良いのです。 ルコック式メソッドでも千田式メソッドでも グロトフ式メソッドでもススキダ式メソッド…… でも、良いのです。 ★逆に、メソッド演技を勉強している俳優で、 「どうだ、俺の演技はリアルだろ!」などと、 演じている俳優ほど鼻持ちならないものは ありませんね。 その俳優はただ、『作品』の邪魔をしているだけです。 過去のハリウッド俳優にもいましたね。 昔、メソッド合戦をしている舞台を観たことがあります が、彼らは、何をしたいのでしょう……、 舞台は自分の演技を ひけらかす 場所ではありません。 良い俳優は、『作品』の邪魔はしません。 長々と失礼しました……まだまだ、書きたいのですが、 ひとまずはこれにて……。 お身体を大切に演技の勉強をして下さい。 チャンスは必ず巡ってきます。 ただ、その幸運を手から落としてしまう俳優が いかに、多いことか……。 あ、また長話になりそうなので……では、 またいつの日に……、 ★舞台とモンタージュで構成して行く映像とでは アプローチは異なります。 永妻 晃 |
メソッド演技(旧:システム)はロシアの俳優・演出家であった、
コンスタンチン・スタニスラフスキー(1863-1938)が真実の演技を求めて研究し、
世界の演劇界が認めた演技技法です。
日本では1912年、劇作家・演出家の小山内薫がロシアでスタニスラフスキーの自宅
に招かれて以後、日本演劇界にスタニスラフスキーメソッド演技を導入しました。
そして、幾人かのメソッド俳優が誕生するのですが、日本の映画・演劇界はメソッド演
技を必要としませんでした。リアルな演技より文学的は演技を好んだからです。
しかし、この文学的な演技の中にも……、
スタニスラフスキーメソッドが根づいたことは確かです。
これはアメリカも同様でした……、
アメリカでは1923年、スタニスラフスキーひきいるモスクワ芸術座がニューヨークに訪れて
以来スタニスラフスキーメソッドが伝わり、リー・ストラスバーク サンフォード・マイズナー
エリア・カザン ステラ・アドラー ハロルド・クラーマン ポール・モリソン などが影響
を受けましたが、映画・舞台界ではまだまだ文学的な演技が好まれていました。
そして、
1951年 監督エリア・カザンの『欲望という名の電車』のマーロン・ブラントの演技あたり
からメソッド演技(当時の)が騒がれはじめ、ジェームス・ディーン ダスティン・ホフマン
ロバート・デ・ニーロ アル・パチーノ ハーベイ・カイテル ブラッド・ピット
などが出現しました。
しかし、
リー・ストラスバーグ ステラ・アドラー等が考案したメソッド演技はすでに終わりました、
(何年かはもの珍しくて騒がれた演技技法ですが)。
アメリカのメソッド俳優と言われた人たちの演技が変化しているのをご存知ですか。
メソッド演技は現在も変化しています。
スタニスラフスキーメソッドを発展させている、指導者は大勢います。
ここ数年の現象としてイギリス、ドイツ、ベルギー、フィンランド、スペイン、インド等の
俳優の演技が深くリアルで、スタニスラフスキーメソッドをさらに発展させているように
思われます。
演技はその社会状況に合わせて変化して行くものなのです。
★演技レッスンは個人の成長に合わせ、ステップアップしていきます。
無理なく、安全に、あなたの身体をメソッド俳優の楽器に深化させます。
映画監督、演出家、戯曲・シナリオ作家の方もレッスン可能です。
俳優をお探しの、舞台・映画製作者の方へ
当スタジオは、新人俳優を探す製作者が自由に見学する事が出来ます。
映画「秘密」「黄泉がえり」「ドラゴンヘッド」「ロッカーズ」のシナリオ作家・監督の斉藤ひろし氏。
シナリオ「押し屋」で、日本テレビシナリオ登竜門優秀賞受賞、映画「楽屋」の監督町野弘幸氏。
下北沢トリウッドを震撼させた、映画「演じ屋」の監督野口照夫氏もその一人です。
今話題の「呪怨」の清水崇監督もレッスン生の舞台を観劇に来られました。
また、自主制作に燃える若い映画監督も俳優を求めて訪れます。
どうぞお気軽においでください。
| メソッド演技に興味をお持ちの方 演技レッスン日と料金
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| 特典 | もし、月のレッスンをすべて受けられない場合でも、休んだ日は、他の月で使えます。 貯金システムです。 |
| イエローページ の記録 |
公 演 | 永妻 晃 | メソッド演技とは | 実験劇場と 本公演で実力をつける |
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